【執筆者 澤井悦郎】
マンボウは絶滅危惧種?
マンボウMola molaは現在、IUCN(国際自然保護連合)のレッドリストで、絶滅危惧種「カテゴリー:危急」に指定されています(2015年発表)。2015年当時はまだマンボウ属は世界的にほぼ1種と考えられていましたが、2017年にカクレマンボウMola tectaの新種記載、ウシマンボウMola alexandriniの再記載の論文が発表され、現在マンボウ属は少なくとも3種いることが確定しています。
となると、「2015年にマンボウは絶滅危惧種」と指定された根拠の文献の中に、カクレマンボウやウシマンボウの情報が混ざっている可能性が考えられます。実際、現在のIUCNのマンボウのページのトップ画像に使われている写真はウシマンボウです。
ちょうど2021年2月、世界中のマンボウ研究者が集まって国際シンポジウムを開く機会があり、シンポジウム終了後、みんなで話し合って、マンボウ類が絶滅危惧種に該当するか否かを再検討しようという話になりました。
IUCNレッドリストを再評価するためには、過去10年分の何らかの生物学的データが必要で、マンボウ類の場合は、漁獲データが有効と考えられました。
日本のマンボウ類の漁獲データはどこにある?
私は日本を担当することになり、マンボウ類の漁獲データを集めようと考えたのですが……現在、日本の研究機関で全国レベルのマンボウ類の漁獲データを取りまとめているところはありません。しかし、各都道府県にある水産試験場は県内の水産物の漁獲データを取りまとめているので、マンボウ類の漁獲データも持っている可能性があります。
そこで、2021年4月~6月にかけて、海に面する全国の都道府県の水産試験場にひたすら電話を掛けまくり、情報を持っていないか、聞き取り調査を行いました。データをもらうために書類的な手続きが必要なところもあり、何だかんだで情報収集に2ヶ月ほどかかりました。
その結果、全国39都道府県のうち、12県がマンボウ類の漁獲データを持っていることがわかり、データを得ることができました。漁獲データを収集して明らかになったことを以下に列記します。
- マンボウ類の種判別はちゃんとされておらず、同定は科レベル
- 主要な漁法は定置網
- 漁獲量データは可食部の重量と魚体全身の重量が混在している
- 年によって水揚げ地数が変わる
どうもマンボウ類はあまりしっかりとした漁獲データは収集されていないようでした。
しかし、それでも、現状では日本でどのくらいマンボウ類が毎年漁獲されているのか全く不明な状況だったので、データがあるだけでもありがたかったです。
定置網の漁獲量データの分析
定置網の漁獲量データが最もたくさんあったので、今回これについてまとめ、論文化することにしました。
定置網の漁獲量データを持っていたのは12県のうち、11県でした。2000年~2020年における定置網による11県を合算したマンボウ類の年間漁獲量を棒グラフで示してみると、約40トン~159トンの範囲でした(平均約108トン)。
県レベルに焦点を当てると、岩手県と宮城県が漁獲のほとんどを占めていることがわかりました。しかし、この年間漁獲量はバイアスが多く過小評価されているので、実際はこの数倍は定置網で日本近海からマンボウ類が漁獲されているものと考えられます。
気になったのは合計年間漁獲量がこの20年間で緩やかに減少傾向にあることです。これがどういう要因で減少しているのかは今回の調査では明確にはわかりませんでしたが……可能性の一つとして、定置網を運営する団体と操業日数がこの20年間で減少している(主に岩手県の事例)ことがわかりました。
つまり、「漁業者が減る=マンボウ類の漁獲可能性も減る」ということです。温暖化など環境的要因も可能性として考えられるとは思いますがその前に、人為的要因が大きく関与している可能性が考えられました。
IUCNレッドリストを再評価するためには、種レベルのデータを示さなければならないのですが、今回の調査では、科レベルのデータしか得られませんでした。
日本はマンボウ科の中でマンボウが最もよく漁獲されるのですが、どのくらいの割合で他属・他種がマンボウと混同されているのかは現状では不明です。なので、どういう風にデータを評価するかは今後の大きな課題です。
マンボウ類の価値は推定年間4080万円以上
マンボウ類の漁獲データがあまり正確に集められていない背景には、マンボウ類の水産的価値があまり高くないことが挙げられます。そこで、マンボウ類の水産的価値が現状どのようなものであるかを調べてみました。
岩手県でのマンボウ類の年間単価は204~642 円/kg(平均 377 円/kg)でした。水揚金額のデータはほとんど得られなかったので、岩手県の平均年間単価を使って、11県を合算したマンボウ類の平均年間漁獲量を掛けると、その年間水揚金額は約4080万円と推定されます。
定置網によるマンボウ類の漁獲はもっと多いはずなので、実際は4080万円以上の利益があるはずです。逆に考えると、もし仮にマンボウ類が絶滅してしまったら、毎年得られていた推定4080万円以上の利益がなくなってしまうことになります。これは大きな損失です。
マンボウ類の資源状態を正確に理解するためには、水産的価値を上げて、水産関係者に精度の高い漁獲データを収集してもらう必要があります。マンボウ類の水産的価値を上げる一つの案として、マンボウ類の皮下ゼラチン層を食べることを提案します。
マンボウ類の皮下ゼラチン層はコラーゲンたっぷりで、台湾では鍋や炒め物、スイーツにも使われるそれなりに高価な食材なのですが、日本では価値が認められてないので、漁獲現場で解体され、この皮下ゼラチン層は海上で破棄されてしまいます。魚屋でマンボウ類が一般的に丸ごと並ばないのは、沖で解体されるからです。
もし、皮下ゼラチン層の食的価値が高まれば、マンボウ類を沖で解体する必要がなくなるので、丸ごと漁港に持ち帰り、そうなると生物学的データも得やすくなるので、マンボウ類の資源管理もしやすくなるのではないかと考えました。この提案をできるだけ多くの人に伝え、マンボウ類の価値を今一度考えるきっかけになればと思っています。
より詳しい情報は以下リンク先の論文をご覧下さい。これらのデータは下記論文の謝辞に記した皆様から頂きました。改めて感謝致します。
更新履歴
- サイトデザイン一新に伴いリライト(2023年6月20日)
- IUCN(国際保護連合)のマンボウのページを追加(2021年7月22日)
作成日:2021年7月19日 更新日:2023年6月20日