福井県ウシマンボウの真実:ニュース報道における巨大生物情報の大雑把さ

【執筆者 澤井悦郎

目次

今話題の福井県初記録のウシマンボウ

2021年は12年に一度の丑年である。そう、ウシマンボウの年なのだ。

丑年にウシマンボウが話題になるのは名付け親として嬉しい限りであるが、ニュースで取り上げられる情報の精度に関して前々から不満があったので、自分の研究を例にして解説したいと思う。

2021年11月19日、福井県小浜市沖の定置網でマンボウ属の大型個体が漁獲され、この大きさは珍しいと漁港に持ち帰られ、ニュースで報道された。

最初にニュースになったのは福井放送由来の記事(日テレNEWS24)で、漁獲日当日に報道された。次いで、翌日に福井新聞でも報道された。

地方紙の配信したニュースは、Yahoo!ニュースに取り上げられるものとそうでないものがあり、今回は取り上げられ(取り上げられるときにタイトルが若干変わる)、写真と内容のインパクトがあったため、多くの人の目にこれらのニュースが知れ渡ることになった。

ニュースの記事内で「ウシマンボウ」と書かれていたのは、この種の認知度が上がってきた証拠で嬉しく思う。特に、福井新聞はタイトルに「巨大ウシマンボウ」と書いてくれたおかげで、マンボウではない種がいるということを普及してくれた。タイトルにウシマンボウの種名が使われた功績は大きい。

私がこのニュースを知ったのは11月20日で、日テレNEWS24の記事だった。福井県からのウシマンボウの報告例はないので、当事者に問い合わせして福井県初記録として短報にまとめようと考えた。

しかし、そんな矢先に、福井新聞のニュースが配信され、確認すると県内初確認と書かれていた。公共のニュースで初記録と書かれてしまったため、論文化する価値は下がってしまったが、無意味ではない。その理由は:

  • ネットニュースは記事が消されたり、会員制限でアクセスしにくくなる場合がある。
  • 文献をソースとした情報ではないため、必ずしも正確な情報とは限らない。
  • 簡潔に書かれているニュースよりも詳細な専門的な情報を未来に残すことができる。

ニュースの情報は実測値か推定値か?

私が注目したのはサイズの情報である。

日テレNEWS24では「全長2m、重さ650 kg」、福井新聞では「体長約2m、体重約650 kg」と書かれている。福井新聞の「約」という表現はもっと細かい数値があるような印象を受ける。

いかにも実際に測定したように感じられるが、私は過去の経験から本当に実際に測定したのか?と疑問に思った。

一例を出すと、2014年に「北海道函館市沖で8月14日、全長3.5m超・重さ1トン超の巨大マンボウが捕らえられました。・・・大きさから「ウシマンボウ」とみられる。・・・」というニュースが配信されたことがあった(オリジナルのニュースは消されて、記事をコピペしたブログなどからしか情報が得られない)。

当時、北海道にウシマンボウが出現するなんて思っていなかったため、現場にいた研究者に詳細を問い合わせた。すると、全長は実際には計測しておらず、目視による推定値だったことが判明したのである。ニュースには推定値と書かれていないため、いかにも実際に計測したように思ってしまうが、そこが大きな落とし穴である。

この個体の全長は推定であることを明記して、北海道初記録のウシマンボウとして、現場にいた研究者と共著で論文化した。

『澤井悦郎・松井 萌・ダルママニ ヴィジャイ・柳 海均・桜井泰憲・山野上祐介・坂井陽一.2014.北海道初記録のウシマンボウMola sp. A.魚類学雑誌,61: 127-128. 』

研究を進めていくと、マンボウ類の大型個体の測定値が書かれた文献を世界中で発見したのだが、本当に計測したのか怪しいものも多々あった。

いや、マンボウ類だけではない。巨大生物の記録について興味本位で調べたら、サメ類、クジラ類も実際に計測したのか怪しい情報が結構あるようだ。

「~と言われている」と表現される情報は推定値であることが多い。推定値は所詮想像の産物なので、いくらでも大きくできるし、ざっくりとした値なので基本的に統計解析には使えない。

推定値を実測値と混同させて使うと科学的信頼性が低下し、真実から遠ざかってしまうことが多い。

今回の福井県ウシマンボウに話を戻す。

私はまず、休日でもコンタクトが可能な情報源である福井新聞に電話を掛けた。記者に話を聞いたところ、「漁連から聞いた情報をそのまま載せたので、詳しい話は漁連の方に聞いて欲しい」と、漁連の方を紹介された。

つまり、記者も実測値か推定値かはよくわかっていない、もしくは聞いた情報を実測値と思って記事に書いたのである。

ここでもう一歩踏み込んで、実測値か推定値か漁連の方に聞いて、推定値ならば、そう書いてもらうのがベストな形だったのだが、多くの取材のこなして忙しい記者にとっては読者がイメージできるようなだいたいの大きさがわかればいいため、実測値でも推定値でもどちらでもいいという認識だったのだろう。

実際、忙しいと情報の精度が雑になるのは誰でも同じなので誰が悪いとは言わない。

真実の情報を握るのは漁獲現場で計測した漁連である。私が早速電話で問い合わせたところ、「全長は目視による推定値であるが、体重は実際に計量した」という証言を得ることができた。

そう、ニュースで報道された全長2mは推定値であったのだ。おそらく、記者が「どれくらいの大きさですか?」と質問して、漁連の方が「大体2mくらい」と答えたのがそのまま記事なったのだと推察される。

よくあるやり取りなので、誰が悪いとは言えない。漁連の方は協力的だったので、他にもいろいろ情報を教えてもらい、全長は推定値であることを明記して、私は以下の論文を11月25日に出版した。

『澤井悦郎.2021f.写真に基づく福井県初記録のウシマンボウ.Nature of Kagoshima, 48: 119-122.』

ニュースの情報からだと、誰もが全長2m、体重650 kgがこの個体のデータだと思ってしまう。しかし、真実は異なり、全長は推定値で詳細な長さはわからないのだ。

加えて言えば、ニュースでは日本海側3例目のウシマンボウとされているが、実際は山口県でも記録があるため、今回の個体は日本海側4例目である。

ニュースの巨大生物の情報は必ずしも正確とは限らない

上記から言えることは、ニュースの生物情報(特に巨大生物)は大雑把な値である場合が多いため参考程度に留めること、詳細を知りたい場合はニュースの元となった情報源に問い合わせることが重要である。

未来の研究者がニュースの情報を見付けてそのままデータを引用することを避けるため、あまり新規性がないにしても必要であればニュースの情報を検証した論文は残すべきだと私は考える。

しかし、もしこのニュースの情報がウシマンボウの大きさではなく、例えば、新型コロナの感染者数だったらどうだろう?数値が違っていればネットで総叩きにあっていた可能性が高い。新型コロナの情報は人命に関わる事柄なので精度が高くなければならない。

しかし、巨大生物の情報も大雑把ではなく、せめて推定値か実測値かを明記してニュースに配信されないかな・・・と思う今日この頃である。

更新履歴
  • サイトデザイン一新に伴いリライト(2023年6月20日)

作成日:2021年11月25日 更新日:2023年6月20日

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