マンボウの産卵数3億個の謎

【執筆者 澤井悦郎

インターネット上では、「マンボウは1度に3億個の卵を産卵し、成魚まで生き残るのは2匹程度」という知見をよく見かける。

これと同様の内容は丸山(2016)の『ざんねんないきもの事典』をはじめとした多くの図鑑や書物に収録されており、マンボウの凄さと残念さを印象付ける有名なトピックになっている。

しかし、この知見は人々が伝言ゲームと連想ゲームをして人伝えに聞いた話のように、オリジナルの知見から歪められて都市伝説化している。

私は著書『マンボウのひみつ』、野口(2017)、yamada (2018)でこの知見に対するコメントを既にしているが、ここで改めて、何がどうおかしいのかを検証しようと思う。

目次

オリジナルの知見

「マンボウ」と「3億個の卵」は切っても切れない非常に有名な知見である。

かつては魚類最多の卵数としてギネス記録にも収録されたことがあり(Carwardine, 1995)、魚類最多=脊椎動物最多と解釈されて脊椎動物最多の卵数を産むなどと言われることもある。

この知見のオリジナルソースはどうやら今から約100年前に出版された、Schmidt (1921)のようである。

この知見に関して、Schmidt (1921)にはたった一文で「In a specimen of Mola rotunda 1+1/2 metres long, for instance, the ovary was found to contain no fewer than 300 million small unripe ova.」としか書かれていない(Mola rotunda は現代でいうMola molaの旧学名にあたる)。

つまり、「マンボウは1度に3億個の卵を産卵する」とは一言も書かれておらず(数自体も3億個きっかりではなく、3億個以上と不明瞭な表現である)、また「成魚まで生き残るのは2匹程度」は後から付け加えられた知見であることがわかる。

産卵数と抱卵数の違い

魚類の「卵数」でよく混同されるのが「産卵数」と「抱卵数(孕卵数)」である。

産卵数とは、魚が体外に産出した卵数で、文字通り産み出された卵の数である。海草に産み付けるなどまとまったところに産む魚種の産卵数は絶対数として数えることが容易である。

しかし、海中に放出する魚種は、海で産卵した瞬間に網ですべての卵を回収する必要があるので(こういう研究をしている人はいるにはいる)、スキューバーダイビングなどで産卵するまで海中で待機するなどしない限り産卵数を数えることは難しい。

つまり、多くの魚類の産卵数は数えることが困難なのである。当然ながら、外洋で産卵すると予測されるマンボウの産卵数を数えることは不可能に近い。

では、一般的に言われる魚類の「卵数」とは一体何なのか?

一般的に言われる卵数とは、抱卵数(batch fecundity)のことである。抱卵数とは読んで字の如く、体外に産み出される前の、お腹の中にある卵数である(卵巣内卵数とも言われる)。抱卵数を求める方法はいくつかあるが、Hunter et al. (1985)が提案した重量法による抱卵数推定が一般的によく使われている。

Hunter et al. (1985)が提案した重量法を簡単に説明すると、「卵巣全体から切り出した一部の卵巣片にある成熟卵(卵細胞)の数 / 卵巣全体から切り出した一部の卵巣片の重量 (g) × 卵巣全体の重量 (g)」である。

卵巣の複数カ所でこれを行い、その平均値をその個体の抱卵数とする。研究者によって卵細胞のどの発達段階を成熟卵とみなすか(卵黄球期後期の卵も含むか、吸水期の卵だけか)は多少異なり、また卵巣全体の重量から卵巣膜重量を引いたりもする場合もあるが、要するに、抱卵数は卵巣内のすべての卵を数えるのではなく、「切り出した卵巣片の重さの中に何個成熟卵があるのかを数え、卵巣全体の重量を掛けることで卵巣全体の卵数を推定する」のである。

よって、一言で卵数と言っても絶対数である産卵数と推定数である抱卵数は定義が異なり、一般的な卵数として用いられる抱卵数は推定値であることを覚えておいて欲しい。

3億個と言われるマンボウの卵数を1つ1つ3億回も数えたのか?と考えると、推定値で算出された値であることに頷いて頂けるだろう。そもそも、Schmidt (1921)には卵巣内にあった卵数と書かれている。

Schmidt (1921)の問題点

マンボウの卵数は産卵数ではなく抱卵数であることをご理解していただいた上で、Schmidt (1921)の問題点も考えてみたい。

1. どうやって卵数を算出したのか、その方法が書かれていない。

2. 卵巣全体の重量が書かれていない。

3. 卵巣全体から切り出した卵巣片の重量とそこに含まれる卵数が書かれていない。

つまり、結果だけが書かれており、その結果を出すために必要な情報が書かれておらず、再現できない。

4. unripe ova(未成熟卵)と明記されている。

上述したように、現代では成熟卵のみを数えるため、未成熟卵は卵としてカウントしない。3億個の未成熟卵は現代の指標で言うと、抱卵数0個、そもそも抱卵数を推定できないということになる。

5. 産地が書かれていない。

おそらくヨーロッパ近海の個体と思われるが、ヨーロッパ近海にはマンボウ属3種が出現することが現在わかっており(Nyegaard et al. 2018; Sawai et al. 2018)、当時どの種を調べたのかが正確にはわからない。

つまり、3億個を調べた個体がそもそも〝マンボウMola mola〟である確証もないのだ。

わかっているのは1+1/2 metresというサイズの情報だけ。これもそのまま1.5mと解釈する人と、当時は現代とは異なる長さの単位だったとして現代換算で1.37mと解釈する人(e.g., Carwardine, 1995)がいる。

このように、Schmidt (1921)に書かれているこの一文には謎が多く、いくつも疑問点が含まれている。

おそらく、この知見が約100年にもわたって様々な尾ひれが付いて一人歩きしてきた理由は、自然科学雑誌の最高峰である『Nature』に載っていたからだと私は考えている。そうでなければここまで有名な知見にはならなかったと思う。

Schmidt (1921)以外の抱卵数の研究

100年もあれば他の誰かがマンボウの抱卵数を改めて調べているはず・・・と思われるかもしれない。ところがどっこい、誰もちゃんと調べていないので3億個の知見を覆すことができないのだ。

そもそもマンボウ属の卵の成熟度に関する研究自体が非常に少なく、中坪ら(2007)とKang et al.(2015)しか見当たらない。これらの2つの研究では成熟卵を持つ個体は明確に確認されていない。

マンボウがどこで成熟して産卵するのかは現代でも全くわかっていない。

しかし、論文ではなく、専門書にはSchmidt (1921)以外でマンボウ属の卵数を調べた事例が実は2つあったりする。1つは祖一(2009)による「千葉県鴨川産のマンボウ属で直径約0.4mmの卵が3850万個と小さな未成熟卵が多数」という知見。

もう1つが山野上・澤井(2012)による「島根県産の〝マンボウ〟で重量法によって8000万個前後」という知見……そう、これは私が算出したとある〝マンボウ〟の抱卵数だ。海遊館のHPに載っている約8000万個の卵という知見も私由来である。

この約8000万個の知見は私が学会発表したもので山野上・澤井(2012)に書いたのであるが、その後、追加調査を行い、再検討して現在論文化を進めている。結局何個になったのかについては、論文が公表されたらまた改めてお知らせしたいので待っていて欲しい。

しかしながら、読者の皆さんのロマンを壊してしまう結果になるだろうと予想している。

結論として、従来言われてきたマンボウの抱卵数3億個の知見はいろいろ怪しく、成熟したマンボウを捕獲して改めて調査し直さなければならない。

一方、後から追加された「成魚まで生き残るのは2匹程度」という知見に関しては、著書『マンボウのひみつ』や野口(2017)を見て欲しい。

参考文献

Carwardine, M., 1995. The Guinness Book of Animal Records, Middlesex. Guinness Publishing, England. 250pp.

Hunter JR, Lo NCH, Leong RJH. 1985. Batch fecundity in multiple spawning fishes. In: (Lasker R. ed.). An egg production method for estimating spawning biomass of pelagic fish: application to the northern anchovy, Engraulis mordax. United States Department of Commerce. NOAA Technical Report NMFS (36): 67-77.

Kang MJ, Baek HJ, Lee DW, Choi JH. 2015. Sexual Maturity and Spawning of Ocean Sunfish Mola mola in Korean Waters. Korean Journal of Fisheries and Aquatic Sciences, 48:739-744.

丸山貴史(今泉忠明 監修).2016.おもしろい!進化のふしぎ ざんねんないきもの事典.高橋書店,175pp.

中坪俊之・川地将裕・間野伸宏・廣瀬一美.2007.飼育下および自然環境下におけるマンボウ Mola mola の成熟評価.水産増殖,55: 259-264.

野口みな子.教えてマンボウ博士! 「3億個の卵→生き残るのは2匹」説はウソ?.withnews.2017年10月20日.

Nyegaard M, Sawai E, Gemmell N, Gillum J, Loneragan NR, Yamanoue Y, Stewart A. 2018. Hiding in broad daylight: molecular and morphological data reveal a new ocean sunfish species (Tetraodontiformes: Molidae) that has eluded recognition. Zoological Journal of the Linnean Society, 182: 631-658.

澤井悦郎.2017.『マンボウのひみつ』.岩波書店.東京,208pp.

Sawai E, Yamanoue Y, Nyegaard M, Sakai Y. 2018. Redescription of the bump-head sunfish Mola alexandrini (Ranzani 1839), senior synonym of Mola ramsayi (Giglioli 1883), with designation of a neotype for Mola mola (Linnaeus 1758) (Tetraodontiformes: Molidae). Ichthyological Research, 65:142-160.

Schmidt J. 1921. New studies of sun-fishes made during the “Dana” Expedition,1920. Nature, 107: 76-79.

祖一誠.2009.海ののんき者,マンボウの謎.In:猿渡敏郎・西源二郎(編)『研究する水族館 水槽展示だけではない知的な世界』,東海大学出版会,pp. 197-209.

yamada. 2018. 「ざんねんないきもの事典」のマンボウの記述は正確でない!マンボウ専門家が懸念する「間違った情報」の蔓延.edamame. 2018年9月20日.

山野上祐介・澤井悦郎.2012.マンボウ研究最前線―分類と生態,そして生物地理.In:松浦啓一(編)『黒潮の魚たち』,東海大学出版会,pp. 165-182.

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作成日:2020年7月22日 更新日:2023年7月14日

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