【執筆者 澤井悦郎】
この記事の目次
目撃難易度の高いマンボウの「おしっこ」
マンボウMola molaは水族館で割と普通に飼育されていますが、まだまだ謎の多い魚です。
マンボウの謎の一つとして、「おしっこ(尿)」が挙げられます。魚がおしっこするイメージはあまりないかもしれませんが、生き物なので当然ながら魚もおしっこをします。しかし、魚は水に満たされた環境にいるので、陸上生物よりも、透明色かつ液体であるおしっこを目視することはなかなか困難です。ましてや、そのおしっこを水槽外から動画に撮影することは、かなり運を持っていなければできません!
そんな難易度の高い魚のおしっこの撮影に、今回偶然にも成功しました!しかもマンボウで!
実はマンボウの排尿自体はいくつかの水族館で既に観察されていましたが、それはマンボウの飼育水槽に潜ったことのある職員が見たことがある程度の認識で、映像(動画や写真)としては記録されておらず(イメージの絵は実物のものではないので×)、また学術的にも報告されていませんでした。
どんなに一般的に知られている現象であろうと学術的に報告されていなければそれは知られていないのと同じである、というのが論文の上に成り立つ厳しい科学界の原則です。まだ学術的に報告されていないマンボウの排尿の映像は是が非でも論文にしなければ!と思って書いた論文が以下になります(リンク先には排尿時の動画もあります)。
澤井 悦郎・池田 瑛真.2021.初めて動画撮影された飼育下のマンボウによる排尿.Ichthy, Natural History of Fishes of Japan, 14: 1-4.
それでは研究の裏話も兼ねて今回の論文を簡単にご紹介しましょう。
水族館でマンボウの「おしっこ」を見ることができる条件
上述したように、マンボウ水槽に潜ることができない非水族館職員である我々がマンボウのおしっこを見るとなると、水槽外からマンボウを目視観察するくらいしかできません。そこで立ち塞がるハードルが2つあります。
・マンボウが観察者の近くにいる
・尿の排出部位である泌尿生殖孔が見えている
マンボウのいる水槽は奥行きが広い場合が多いので、水槽の真ん中や閲覧側ではない壁の方でおしっこをされると、透明な尿はほぼ目視的に認識することはできません。また、排出部位が明確に見えていないと、肛門から出たものなのか、泌尿生殖孔から出たものなのかが明確に判別しづらいです。
ということで、本論文ではサンシャイン水族館のマンボウ1個体を合計226時間目視観察したのですが、この条件をクリアするイベントはたった1度しか起きませんでした。24時間観察を何度もしたので、観察中にも何回かおしっこはしていたと思うのですが、やはりマンボウが遠かったり、尿が透明だったりする要因で、他の排尿イベントは全く視認できませんでした。
ちなみにこのマンボウはTwitterで多くの人々にお悔やみ申し上げられた個体です。
マンボウ展示中止のお知らせ
館内1階「マンボウとの出会い」水槽にて展示しておりましたマンボウですが、残念ながら死亡したため、展示を中止させて頂いております。
予めご了承ください。— サンシャイン水族館 (@Sunshine_Aqua) October 30, 2018
二転三転した「おしっこ」!
実は、今回論文化したマンボウのおしっこは、最初は糞が排出されていると思って動画に撮影されました。しかし、後から見直すと・・・肛門からではなく、泌尿生殖孔から排出されていることがわかりました。マンボウの泌尿生殖孔は人間の体と真逆で、肛門より後ろにあります。泌尿生殖孔は膀胱と生殖腺に繋がっているので、排出されるものは尿か、オスなら精子、メスなら卵のいずれかです。マンボウの雌雄は外観では今のところ識別できないので、撮影時点ではどれが排出されたのかよくわかりませんでした。
マンボウは残念ながら数ヶ月後に死んでしまったのですが、解剖で雄であることが判明しました。これで泌尿生殖孔から排出されたものは、尿か精子かの2択に絞られました。しかし、排尿も放精もマンボウでは映像として記録されたものがないため、参考にできるものがなく、かなり慎重にどちらの可能性が高いのかを検証しました。
その結果、観察時のこの個体の推定全長では成熟していた可能性は低いこと、先行研究で示唆されている尿の排出のタイミングや色と今回の排出物が一致していることから、今回の排出物は尿と考えられました。私もはじめは放精かなと思って興奮したのですが、冷静にあれこれ調べたら排尿の可能性の方が高くなって、少しがっかりでしたが、これはこれで面白かったです。なぜ放精と思って興奮したのかと言うと、もし放精だったら、放精=成熟=飼育水槽で繁殖させられる可能性が高くなるからです。
マンボウのおしっこは基本的に透明なのですが少し白濁している時もありました。これは人間の尿でも同じですね。私も持病の結石で年に数回泌尿器科で検尿するのですが、尿は意外に一部白濁していたりします。しかしながら、尿は基本的に透明なので、水中ではかなり見えにくいのですが、マンボウの尿と水槽の海水は濃度が違うので、この濃度差の影響で、排出されたおしっこは夏の陽炎(かげろう)のように揺らいで見えます。どうも餌を食べてから数分後におしっこするみたいです。これも人間と似ていますね。食事した後にトイレに行きたくなること、皆さんも経験ありますよね?
マンボウの「おしっこ」は陸上哺乳類より長い・・・かも!
今回観察されたマンボウのおしっこは、おしっこしているのを発見してから動画が撮影されたので、最初から最後まで全体で何秒だったのかは正確にはわかりません。しかしながら、動画中では32秒間続いていたので、「>32秒」と表示できます。
他の海産硬骨魚類の排尿時間と比較したかったのですが、どうも魚が自然に排尿した時間を計測した研究は稀有なようで、結構探しましたが比較できるデータが見つかりませんでした。しかし、たまたま3 kg以上の陸棲哺乳類の排尿時間は平均21秒という論文を見つけ、マンボウの方がそれらの平均値よりも長いことがわかりました。しかし、今回1例しかマンボウの排尿時間のデータはないので、もっとデータを蓄積して、平均的に何秒なのかを真に見出し、哺乳類より長いかどうかは改めて検証する必要があります。
一般的に海産硬骨魚類(つまり軟骨魚類であるサメやエイ以外)は少量の尿しか排出しないと考えられています。これは体液と海水の浸透圧の問題があって、海産硬骨魚類は常に周りの環境に体の水分を奪われている状況であるため、排出する尿は少ないとされています。
しかし、どうもマンボウは例外的な魚のようで、大量に尿を排出するという知見があります。32秒のおしっこはそれなりに長いですよね。これは私の仮説なのですが、マンボウの体の水分含量は他の魚類よりも高いということが言われているので、体の保有する水分の多さが排出時間(量)に関連しているのではないかと考えています。と、このように、マンボウの尿の動画だけでもいろいろなことがわかり、考察ができるのです。
ちなみに、海遊館では水中でのマンボウの採尿に成功し(自然な排尿の動画はなかった)、健康診断に役立てる研究を進めているようです。
参考文献
, , , and 2014.Duration of urination does not change with body size.PNAS, Proceedings of the National Academy of Sciences 111(33).
澤井 悦郎・池田 瑛真.2021.初めて動画撮影された飼育下のマンボウによる排尿.Ichthy, Natural History of Fishes of Japan, 14: 1-4.
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【執筆者 澤井悦郎・やっとかめ】
ここでは、アズワン株式会社が運営する「Lab BRAINS(ラボブレインズ)」に連載しているマンボウ類に関する記事をまとめています。
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- 更新履歴
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・関連記事にLab BRAINSに寄稿したマンボウのおしっこの記事を追加(2022年11月29日)
・タイトルを『マンボウの「おしっこ」が世界で初めて撮影される!』から『マンボウの「おしっこ(尿)」が世界で初めて撮影される!』に変更(2021年11月8日)
作成日:2021年11月3日
更新日:2022年11月29日